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掲示板・Diary

1エフゲニー・オネーギン  / 2モーツアルト『レクイエム』  / 3キース・ジャレット/バッハ『平均律クラヴィーア曲集1、2』  / 4『脳の意識-機械の意識-脳神経科学の挑戦-渡辺-正峰』  / 51.,2.  / 6『花ひらく 眞知子より』(1948年)  / 7ジェームズ・エーネス  / 8ミンシントウ  / 9待つ  / 10無  / 11フォトン  / 12∞  / 13『サンスクリット原典現代語訳 法華経』(植木雅俊 訳)  / 14重力波の波長  / 15デカルトと神  / 16『ディジタルホルモン』増刷!  / 17宮沢賢治と村上春樹  / 18表層  / 19無題 (5) / 20お久しぶりです (2) /



◆ エフゲニー・オネーギン 投稿者:龍門 歩  引用する 
プレミアムシアター 演奏会&歌劇「エフゲーニ・オネーギン」を鑑賞。
 ブルックナーゆかりの聖フロリアン修道院で奏でられた<ゲルギエフ+ミュンヘン・フィルによるブルックナー『交響曲第1番&3番』もよかったけれど、僕としては「よかった」という以上の感想を述べることはありません。なお、この修道院の単純な長方形で天井が高いから残響が素晴らしく、リスニングルームでも減衰する音波エネルギーが心地よく感じられた。

 驚いたのはフェドセーエフ+チャイコフスキー交響楽団による、演奏会形式『エフゲーニ・オネーギン』! オーケストラが奏でる、地の底を這うような作曲家のどこまでも暗い心象が迫ってきて、身震いを禁じえなかった。歌手陣がまた素晴らしい。
 タチヤーナ…(ソプラノ)ヴェロニカ・ディジョーエヴァ
 エフゲーニ・オネーギン…(バリトン)ワシーリー・ラデュク
 レンスキー…(テノール)アレクセイ・タタリンツェフ
 オリガ…(メゾ・ソプラノ)アグンダ・クラエワ
 ラーリナ…(メゾ・ソプラノ)エレーナ・エフセーエワ
 グレーミン公爵…(バス)ニコライ・ディデンコ
 フィリッピエーヴナ…(メゾ・ソプラノ)スヴェトラーナ・シーロヴァ
 トリケ…(テノール)清水徹太郎
 ザレーツキー/中隊長…(バス)五島真澄
 (合唱)新国立劇場合唱団
 いずれも圧倒的な歌唱力・表現力で、タチヤーナもオネーギンもその心情の変容をも歌って言うことなし。さらにレンスキーが、裏切られた悲しみや怒り・不信を痛々しく歌うシーンでは感情移入してしまった。肉体が楽器の声楽はどうしても欧米人に比べてポテンシャルエネルギーが少ない日本人だが、清水徹太郎氏も五島真澄氏も歌唱力に於いては互角に「戦って」いた。ただ五島氏は、プロレスラーのようなバス=ニコライ・ディデンコ氏を意識していたか(しないわけにはいかないだろう)、やや力んでいて、そのぶん声が硬く、声量が伸びなかったように感じられた。
 フェドセーエフはこれらを統率して、この曲のテーマをリアリティー溢れる熱演だった。ブロムシュテット氏についてもそうだったが、このマエストロ、こんなに素晴らしい指揮者だったっけと、いまさらながら感心し、目を丸くしたのだった。
 それにしても身勝手なオネーギン、ざまあみろ! だった。

2018/06/04(Mon) 15:51:28 [ No.3195 ]

◆ モーツアルト『レクイエム』 投稿者:龍門 歩  引用する 
 指揮:テオドール・クルレンツィス+管弦楽&合唱:クルレンツィスムジカエテルナ+ソプラノ:アンナ・プロハスカ+アルト:カタリナ・マギエラ+テノール:マウロ・ペーター+バス:タレク・ナズミ
 によるモーツアルト『レクイエム』の録画鑑賞(収録:2017年7月23日 フェルゼンライトシューレ(ザルツブルク))。
 全体に現代風の速めのテンポ(基本的には僕は好みではないが)ながら、指揮者の意図がはっきり伝わり、それを演奏者たちが表現しているのでモーツアルトの魂が蘇るような生々しさ、初々しさ、生命感があふれ出てくる。
 Lacrimosaのあと唐突に、レヴィン版のようにAmenが数小節歌われる。メロディーもテンポもモーツアルトらしくない部分で、少々違和感を覚えた。
 特筆すべきは、ジュスマイヤーが作曲したと言われる(詳細は違うかもしれないが)OffertoriumとSanctusに躍動感が与えられていたことだ。僕などはつい、謂われもなくレベルが低いと思い込んで聞き流してしまいがちなのだが、クルレンツィスはモーツアルトの作曲した部分と同等に扱い、演奏を真摯に組み立てており、息もつかせぬほどの生命感が吹き込まれている。この曲はずいぶん聴いてきたが、これほど新鮮に感じたことはない。
 独唱陣では、バスとアルトが好みだった。明瞭な低音が深々と歌い、歌詞に意味を持たせ、共鳴させてくれた。ソプラノのプロハスカは、たとえばヴィルマ・リップのような天上的な澄んだ声というより、人間の声として、或る意味、泥臭く響き渡った。テノールは声も歌唱もいいのだが、発声するとき歪む口の形が気になった(本筋ではないけれど(^^;)。
 最初から最後まで聴き手を引き込む、とてもとても素晴らしい演奏だった。

2018/04/10(Tue) 14:53:14 [ No.3194 ]

◆ キース・ジャレット/バッハ『平均律クラヴィーア曲集1、2』 投稿者:龍門 歩  引用する 
 久しぶりに、iPodに移植したデータ=キース・ジャレット/バッハ『平均律クラヴィーア曲集1、2』を鑑賞(整理不能性癖のせいで、元のCDが見つからない)。
「1」はピアノ、「2」はチェンバロで演奏。ピアノ演奏になる1は小川のように淡々と演奏されていて、プラネタリウムのよう。チェンバロで演奏されている2は和音に奥行きが加わり、実際の星空を見ているようだ。

2018/03/13(Tue) 17:35:32 [ No.3193 ]

◆ 『脳の意識-機械の意識-脳神経科学の挑戦-渡辺-正峰』 投稿者:龍門 歩  引用する 
『脳の意識-機械の意識-脳神経科学の挑戦-渡辺-正峰』読了
https://www.amazon.co.jp//dp/4121024605/ref=sr_1_1?s=books&ie ..... F%E8%AD%98
「意識」について、「哲学的」にではなく「科学技術的」に追求していて、僕の求めていたものとはちょっと違うことはべつにして、脳活動はすべて電気信号で完結すると考え、そのうえで実験された知見だけをもとに論を展開していることに納得がいかなかった。
 というのも、最新の研究では「化学シグナル」が情報伝達を担っていることが分かっているからだ。
「ニューロンとニューロンの間には、前号の図で示したように、シナプスと呼ばれる連絡部分があるが、驚くべきは、このシナプスの間隔は、なんと20〜30ナノメートルしかない。(ナノは10億分の1)このほんのわずかなすき間でしかないシナプス間を、電気シグナルでも飛びこえることはできず、化学シグナルとして、情報を伝えるわけだ。」http://www.ls2.jp/health/column01/mind/04.htm
 つまり相変わらず、「マイクロワイヤ」で生の半脳と「侵襲のインターフェイス(「機械半球)」を接続して「意識」を生じさせようと考えているなんて古いのでは? と思ってしまったのであった。

2018/03/13(Tue) 17:00:39 [ No.3192 ]

◆ 1.,2. 投稿者:龍門 歩  引用する 
1.堤剛&萩原麻未 デュオ・リサイタル鑑賞
 堤剛の慈愛に満ちたチェロの音色と、萩原麻未の峻烈なピアノが心に残る演奏でした。リムスキー・コルサコフ『チェロ・ソナタ』を作曲していたことも知りませんでした。
 以前はレコードからしか演奏情報を得なかったのですが、NHKの「プレミアムシアター」や「クラシック音楽館」「クラシック倶楽部」「ベルリンフィルDCH」などからも情報を得るようになってみると、たくさんの素晴らしい演奏家や、聴いたことのない音楽を発見して消化する間もなくなってしまいました。

2.ヴァイオリン/ワディム・レーピン,チェロ/アレクサンドル・クニャーゼフ,ピアノ/アンドレイ・コロベイニコフの演奏によって『偉大な芸術家の思い出に』(2014年12月02日,すみだトリフォニーホール)を鑑賞。先日、諏訪内さんの同曲を鑑賞したばかりですが、さすがロシア三人組、圧倒的な演奏です。特に、彫りの深いピアノがくらくらするほど心に響いてきました。もちろんレーピンもクニャーゼフも「男の悲哀と力強さ」を弾ききって余りある演奏でした。

2018/02/04(Sun) 17:36:59 [ No.3191 ]

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