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◆ アプローチ 投稿者:龍門 歩  引用する 
「日本再生」482号において、 <破局を迎えつつある「時間かせぎの政治」>とありますが、ほんとうに「アベ的政治」が破局を迎えるでしょうか? 僕には<自民党憲法を押しつける時期を迎えつつある「全体主義指向政治」>と思われます。また、安倍政権は<「守り」の姿勢>ではなく<「攻め」の姿勢>だと思います。「希望的観測」ではなく「客観的観測」が必要ではないでしょうか。
「破局にむけたカウントダウンに入っていることを示している。」と書かれていますが、本当にそうお思いなのでしょうか? この参院選において自公が「圧勝」するであろうことはいろんな報道から見て取ることができます。こんな「楽観的」な見方で、「当事者性を共有する場」を提供できるでしょうか?
「投票箱の外」の民意/「自己責任」なのか、「選択―責任―連帯」の社会をめざすのか
 この選択「問題」は、「当事者性を共有する」ことによって或る程度具体性を帯びると考えられます。問題は、投票に行かない人々にも、(安倍政権を支持するために)行く人々にも、「どのようにして当事者」であるということを実感してもらえるかという「方法論」です。
 もちろん僕には処方箋を書くこともできません。しかし、「武器としての世論調査」に書かれているような「社会科学的」アプローチだけでは足りないことも事実です。
 僕は現状の一面を、<現代人は、物事を断片的・一次元的にとらえて評価する。連続性、多次元性に思い至らない。この短絡性は世界中に蔓延している。まさに離散数値的なディジタル文化のもたらした「思考の欠損」なのではなかろうか>と考えています。2004年に僕は、龍門 歩というペンネームで『ディジタルホルモン』という「小説」を上梓しました。そのテーマが、思考のディジタル化による精神の崩壊です。残念ながら市場性を得ることはできませんでしたが、社会科学的アプローチに加えて、(自分で言うのもおこがましいのですが(^^;;))文芸や音楽、アートというような視点からも「現実に向き合うなかで、立憲民主主義をより鍛え」るためにアプローチすることも試みる価値があると思います。

2019/07/07(Sun) 14:00:23 [ No.3223 ]

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